大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和52年(わ)982号 判決 1977年11月24日

主文

被告人を懲役六年に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

本件公訴事実中、昭和五二年九月一七日付起訴状記載の第一の事実について、公訴を棄却する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大学受験に失敗して浪人中、住居侵入・強姦事件を惹起し、約一年間少年院に収容された経験を有するものであるが、

第一、またもや、アパートで一人住まいの女性をおそってこれを強姦しようと企て、

一、昭和五一年八月一五日午前九時五分ころ、名古屋市昭和区○○町×丁目×番地Kコーポ△△△号室広島咲子(当時三九年)方において、その背後から同女に近づき、同女に対し、いきなり、「騒ぐな、静かにしろ。」などと申し向け、これをベットの上に突き倒し、抵抗して逃げようとする同女を更に数回押し倒すなどの暴行を加えたうえ、その場にあったパンティストッキングで同女の身体に危害を加えるような態度を示して脅迫し、その反抗を抑圧したうえ、強いて同女を姦淫し

二、同年九月六日午前九時三〇分ころ、同市千種区○○町×丁目××番地第一T荘△号室福島春子(当時三二年)方において、折から就寝中の同女に対し、「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ。」などと申し向けて脅迫し、這って逃げようとする同女をその場に押えつけるなどの暴行を加え、その反抗を抑圧したうえ、強いて同女を姦淫し

三、同月一七日午前九時三〇分ころ、前記福島春子方において、またもや就寝中の同女に対し、「おい、また来たぞ。」などと申し向け、這って逃げようとする同女の身体を押えつけ、強引にパンティを剥ぎ取るなどの暴行を加え、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫しようとしたが、同女に騒がれたためその目的を遂げず

四、同五二年五月九日午後二時五〇分ころ、同市千種区○○町×丁目××番地Hハイツ△△△号室岡山むつみ(当時二八年)方において、就寝中の同女に対し、「静かにしろ。」などと申し向け、同女の身体を押えつけるなどの暴行を加え、その反抗を抑圧して強いて同女を姦淫しようとしたが、同女に騒がれたためその目的を遂げず

五、同年四月五日午後七時三〇分ころ、同市千種区○○町×丁目××番地第二Oビル△△△号千葉さつき(当時三〇年)方において、同女に対し、右腕でその頸部を締めつけながら、「声を出すな。暴れると殺すぞ。」などと申し向けて脅迫し、これを寝室に連れ込み、ベットの上に押し倒し、その腹部を殴打するなどの暴行を加え、その反抗を抑圧したうえ、強いて同女を姦淫し

六、同年五月一四日午後八時一〇分ころ、同市昭和区○○町×丁目×番地Kビル三階△室山口花子(当時二九年)方において、同女を寝室のベッドの上に押し倒し、その腹部を手拳で殴打するなどの暴行を加え、その反抗を抑圧したうえ、強いて同女を姦淫し

第二、右第一の二、六記載の各姦淫行為に引きつづき、同記載の各暴行、脅迫により反抗を抑圧されている各被害者から、これに乗じて金員を強取しようと企て、

一、前記第一の二記載の日時場所において、前記福島春子に対し、付近にあった財布を開けるよう命じたうえ、「大きい方がいい。競輪に行くから。」などと申し向けて金員を要求し、同女から現金一万円を強取し

二、前記第一の六記載の日時場所において、前記山口花子に対し、「このままでは帰れん。金を出せ。」などと申し向けて金員を要求し、同女から現金三万円を強取したものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の一、二、五、六の各所為は、いずれも刑法一七七条前段に、判示第一の三、四の各所為は、いずれも同法一七九条、一七七条前段に、判示第二の各所為は、いずれも同法二三六条一項に、それぞれ該当するが、以上の各罪は、同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、刑及び犯情の最も重いと認められる判示第二の二の罪の刑に、同法一四条の制限内で、法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人を懲役六年に処し、同法二一条に則り、未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項但書を適用して、これを被告人に負担させないこととする。(一部公訴棄却の理由及び告訴の適否に関する当裁判所の見解)

一、昭和五二年九月一七日付起訴状記載の公訴事実第一は、「被告人は、昭和五一年七月二四日午後三時ころ、名古屋市昭和区○○町×丁目×番地Kコーポ△△号長崎梅子(当時二七年)方において、同女に対し、『静かにしろ。』などと申し向け、同女をソファー上に押し倒し、その腹部を手拳で三回くらい殴打するなどの暴行を加え、その反抗を抑圧したうえ、同所ベッド上にて強いて同女を姦淫した」というのである。ところで刑訴法二三五条一項は、親告罪の告訴は、犯人を知った日から六箇月を経過したときはこれをすることができない旨規定しているのであるが、当裁判所で取調べた証拠によると、被害者長崎が本件について告訴をしたのは、昭和五二年七月四日にして、同女が「犯人を知った」日から六か月経過後であったことが明らかであるから右告訴は期間経過後の告訴として無効という外なく、他に適法な告訴のなされた事実を認めることはできない。従って右の公訴については親告罪につき告訴の欠缺する場合として刑訴法(以下、法という。)三三八条四号により、公訴を棄却するのが相当である。もっとも、検察官は、「犯人を知った」というのを、犯人を確知したときと解し、本件において被害者長崎が「犯人を知った」のは、同女が警察官から被告人の顔写真を示されたり、面通しによって犯人を確認した時であり、従って被害者長崎の前叙告訴は、適法であると主張する。しかも当裁判所は、本件と同じく有効な告訴を必要とする判示第一の一ないし三については、適法な告訴権の行使があったと認めるので、これらの事実に対する告訴をも含めて、本件告訴の適否に関し、なお若干補足して説明することとする。

二、まず、関係証拠によると、右各事実に関する捜査の経緯は、大略次のとおりであったと認められる(なお、以下において、前記公訴を棄却した事実及び判示第一の一ないし三の各事実を、それぞれ、被害者の氏名を冠して、長崎事件、広島事件、福島第一事件、福島第二事件という。)。

1、長崎事件の被害者長崎梅子は、昭和五一年七月二四日午後三時ころ、名古屋市昭和区○○町所在のKコーポ△△△号の自室において、前記公訴事実のような態様の強姦の被害に遭ったが、右被害を警察に申告することなく、間もなく、同市中区○○町所在のHビル△△△号室へ転居してしまった。ところで、その後、前記Kコーポでは、同年八月一五日午前九時五分ころ、長崎の隣室の広島咲子が、判示第一の一のとおり、長崎と同様の被害に遭うという事件が発生し、同女からの届出により捜査を開始した所轄の愛知県昭和警察署(以下、昭和署という。)は、右広島事件の捜査の過程で、長崎事件の発生をも覚知し、同年八月下旬ころ、右長崎から被害の事情を聴取したが、その際、同女から、犯人の処罰を求める意思表示が一切なされなかったため、それ以上の捜査は行なわなかった。なお、右事情聴取の際に、同女が犯人についてどのような供述をしたかは、必ずしも明らかでないが、同女は、右被害に遭った日から約一〇か月後である昭和五二年五月一六日、司法警察員の取調べに対し、「犯人は、全く知らない男で、年令二五~六歳、身長一・七メートル位、やせ型で面長、色黒、髪は長く、目がきつい。水色のポロシャツかサマーセーター、黒っぽいズボン、白手袋をはめる。靴は茶色のぼろぼろの皮靴、一見すると、やくざでもセールスマン風とも言えず、別に特徴というものはないが、強いて言えば学生風であった」旨、犯人像を的確に把えた供述をしているので、右被害直後の時点においても、犯人について、少なくとも、右と同程度の明確な認識を有していたと推認される。

2、また、広島事件の被害者広島は、被害直後の取調べにおいて、「犯人は、年令二五歳から三〇歳位、身長一・七〇メートル位、がっちりした体で、色黒、面長、髪の毛は普通の長髪、ブルーのサマーシャツ、ぼかしの柄入り、黒っぽいズボン、茶色の皮短靴、白色の薄手の手袋をした全く見知らぬ男である」旨、長崎と同様、犯人の特徴を的確に把えた供述をしたが、右犯人が、「あんた美容師だろう。」などと言って、自己の身辺をかなり詳しく知っている様子であったため、自己のごく身近かにいる人間ではないかという不安を抱き、結局、告訴はしたくないと警察に申出るに至り、右事件についても、それ以上の捜査の進展は見られなかった。

3、その後、同年九月六日午前九時三〇分ころ、同市千種区○○町所在の第一T荘△号室において、判示第一の二、第二の一のとおり、福島春子が強姦・強盗の被害に遭うという事件が発生し、同女はただちに、所轄の愛知県千種警察署(以下、千種署という。)に右被害を届出た。しかして、同女は、その際の取調べに当り、「犯人は、年令二〇歳位、背は約一メートル六五センチ、顔は陽焼けしたような浅黒で頭髪は七・三に分け、普通の長さ、まゆ毛の濃い人で、白地に水色の柄のある半袖の綿シャツ(前あき)に、黄緑色のランニングシャツ着用、ズボンはベージュ色で靴は茶色の皮靴、言葉使いは標準語のようだった」と、これまた的確な描写をして、具体的な犯人像を特定したうえ、自己の被害の状況についても詳細な供述をし、医師の診断書をも提出して「よろしくお願いする」旨の供述調書の作成に応じたほか、同日付で、「本日午前九時半ころ、私の全く知らない男に部屋に入られ、そのあと強姦されてしまい、帰り際に一万札一枚取られました。この犯人について、私はわかりませんので、警察で犯人がわかったら教えて下さい。その時に犯人を告訴しますからお願いします。」という千種署長あての上申書を提出した。さらに、同女は同月一七日午前九時三〇分ころ、判示第一の三のとおり、またもや、強姦されそうになり、必死の抵抗で危うく難をのがれたが、その直後にも、千種署に、前と同一犯人から再び強姦されそうになった旨被害を申告し、警察官に自室内の写真を撮影してもらったり、犯人が遺留していったおしぼりを同署へ提出するなどの行為に出た。しかしながら、右の福島(第一、第二)事件は、所轄の警察署が異るため、右の段階では、昭和署の覚知するところとはならなかった。

4、しかして、翌昭和五二年五月一四日に至り、判示第一の六、第二の二記載のとおり、同市昭和区○○町のKビル三階のアパートで、山口花子が、福島と同様の強姦・強盗の被害に遭うという事件(以下、山口事件という。)が発生した。同女から被害の申告を受けた昭和署は、重要事件であるとして直ちに捜査本部を組織し、右事件の捜査を開始したが、犯人未検挙の前記長崎事件、広島事件と手口が類似しているところから、右一連の犯行がいずれも同一犯人によるものではないかと考え、過去の手口資料を検討した結果、同種手口の犯行の前歴を持つ被告人が、捜査線上に浮上してきたため、右各事件の被害者らの協力を得て、順次、顔写真による面割りなどを行なったうえ、同年六月二九日、まず、山口事件について被告人を緊急逮捕した。

5、しかして、右被害者らは、右顔写真による面割りの際、「写真だから絶対とは言えないが、八〇%から九〇%間違いない」(長崎の場合)とか、「九〇%位の確率でこの男が犯人という自信があった」(広島の場合)などと言って、複数の顔写真の中から、犯人として被告人の写真を選び出したばかりでなく、面通しに際しても、被告人が犯人であることは間違いない旨供述するに至ったので、昭和署においては、右の段階において、再び右長崎、広島の両名に告訴の意思の有無を確認したところ、長崎は同年七月四日、「告訴するので強い処罰を求める」旨の告訴状を昭和署長あてに提出し、また、広島は、同月二日、同署警察官に対し、「前には、自分の将来などを考えて告訴したくないと言ったが、他にもたくさんの女の人が乱暴されているようで、このような女性の敵である男は、厳重に処罰していただくよう告訴する」旨の供述をしたので、同署警察官は、ただちにその旨の告訴調書を作成した。

6、他方、被告人は、山口事件で逮捕された後、右事件以外にも同種犯行を犯した旨供述するようになったので、昭和署において、順次その裏付けを急いだところ、判示第一の四の岡山事件が被告人の犯行と判明したほか、千種署において捜査中であった前記福島事件も昭和署の覚知するところとなり、同署においては、面通しによって福島に被告人を確認させたうえ、同年七月六日第一事件について、同月一二日第二事件について、それぞれ同女から「犯人を厳重に処罰してほしい」旨の供述を得、即日その旨の告訴調書を作成した。

三、ところで、右のような事実関係のもとにおいて、被害者長崎、同広島、同福島の三名は、いかなる時点において「犯人を知った」と認めるべきであろうか。法二三五条一項は、単に「犯人を知った」ときからと規定するのみで、どの程度具体的に知る必要があるのか必ずしも明らかでない。思うに、親告罪の告訴期間の始期を告訴権者が「犯人を知った」ときからとした趣旨は、告訴権者にとって告訴するか否かを決めるに当り、犯行の態様等のほか犯人が誰であるかは重要な点であって、親告罪とされているような犯行について、犯人不明のまま告訴権者に告訴を強いることは、酷に失すると考えたためと解される。かかる法意に則して考えるとき、法二三五条一項の「犯人を知った」というのは、告訴権者が、通常人ならば告訴するか否かが決せられる程度に犯人について知識をもったときという趣旨に解するのが相当であり、しかも一般に告訴権者が告訴するかどうかを決めるに当って考慮する犯人に関する主要な事項は、犯人が自己とつながりのある身近な人間で、告訴の結果将来の社会生活に不都合が生じるようなことがないかということである。そうだとすれば告訴権者が犯人の人相、風体等から他の者と明確に識別できる程度に特定の犯人像を認識したときは、それだけで、犯人と自己との右のようなつながりの有無を判断できるのが通常であるから、他に犯人の氏名、住所、職業等まで知らなければ告訴できないような特段の事情がない限り、法二三五条一項にいう「犯人を知った。」ときに当ると解するのが相当である。(最高裁判所昭和三九年一一月一〇日決定刑集一八巻九号五四七頁参照)

もっとも、右のような見解に対しては、告訴権者が、犯人の人相・風体等を認識しただけでは、右犯人が、自己とどのようなつながりのある人間であるかを知ることができるとは限らないから、未だ、告訴権者が、告訴をするか否かの意思決定をするに必要にして十分な程度に、犯人を認識したとはいえないという反論も考えられよう。しかしながら、告訴権者が犯人未逮捕の段階で、その処罰を求めようとする場合には、右のような告訴権者と犯人との関係などが、完全には解明されていないのが通常であって(犯人の通名だけが判明している場合はもちろん、氏名、住所等が特定している場合であっても、かかる関係が完全に解明されているとは限らない。)、もしも、告訴権者が、右のような点まで完全に知ったうえでなければ告訴するか否かの意思決定ができないというのであれば、結局において、法二三五条一項にいう「犯人を知った」ときとは、犯人が逮捕されて、告訴権者にとって、犯人の氏名、住所、職業、経歴、社会的地位等の詳細が判明したときというのと、実質上大差のないことになりかねない。右のような解釈は、著しく犯人の立場を不安定なものとし、当裁判所の左袒しないところである。

四、そこで、前記のような見解を前提として、本件の被害者三名が、いかなる時点において、「犯人を知った」と認められるかについて、さらに検討を進めよう。

前述したところから明らかなように、本件においては、右被害者らは、三名とも、白昼、自室において強姦の被害に遭ったもので、相当時間(長崎と広島は約二〇分、福島は第一事件で約三〇分、第二事件で約四分)犯人と同室していた関係上、驚がくし、畏怖しながらも、犯人の人相・風体等をいずれも的確に把握しており(前記二の1ないし3参照)、被害の約八か月ないし一〇か月後において、警察官から顔写真による面割りを求められた際にも、前記二の5記載のような自信に満ちた態度で、複数の顔写真の中から、犯人として被告人の写真を選び出しただけでなく、被告人との面通しの際にも、「犯人に間違いない」旨供述しているのである。このような点からすると、右被害者らによる犯人像の把握は、いずれも、きわめて確度の高いものであったと認められ、同女らは、被害に遭った直後において、すでに、他の人と明確に識別できる程度に犯人を認識していたと認められる。ところで、右被害者三名のうち、広島については、さきに述べたとおり(前記二の2参照)、被告人から、「あんた美容師だろう。」などと自己の身辺をかなり詳しく知っているような口をきかれ、犯人が自己のごく身近かにいる人間ではないかという不安から、告訴したくないという気持に傾いたという事情が認められる。しかして、右のような不安のある場合に、告訴権者が、さらに、犯人の社会的地位や自己とのつながり等について具体的に認識しなければ、にわかに、告訴すべきか否かの意思決定ができないということは、一応首肯される心理であるということができるから、同女については、前記三にいう「特段の事情」ある場合として、犯人の人相・風体等の特徴を把握しただけの被害直後の時点においては、未だ犯人を知ったことにはならないと解せられる(同女が「犯人を知った」のは、検察官が主張するとおり、後刻、顔写真による面割り等によって、被告人の氏名等が特定した時点であるというべきである。)。しかしながら、長崎及び福島の両名については、広島の場合におけるような、告訴の意思決定を困難ならしめる特段の事情を何ら認めることができないから、右両名は、前記各被害に遭った直後において、すでに「犯人を知っ」ていたものと認めるのが相当である。このように考えてくると、広島事件については、被害者の告訴調書が、「犯人を知った」日から六か月以内に作成されており、右告訴が適法であることは明らかであるから、他の両名の告訴について更に検討することとする。

五、ところで、福島(第一、第二)事件の被害者福島は、前記二の3のとおり、被害に遭った直後において、二度とも、自ら警察へ出頭して、被害の事実を申告しており、第一事件の際には、医師の診断書を提出して「よろしくお願いする」旨の供述調書の作成に応じたり、「犯人がわかったら教えて下さい。その時に犯人を告訴しますからお願いします。」という上申書を提出したりしているし、第二事件の際にも、自室の写真を撮影してもらったり、犯人が遺留していったおしぼりを警察に提出するなどの挙に出ていることが明らかである。しかも、同女は、とくに第二事件の際には、犯人を捕えてもらいたいという一念で、被害直後、下着もつけないまま、アパートの出入口まで犯人を追跡したというのであり(同女の52・7・12付員面三項)、このような同女の行動をも総合して考察すると、同女が昭和署に対して、自己の被害を申告して前記のような上申をした趣旨の中には、早く犯人を捕えて処罰をしてほしいという、告訴の意思表示が包含されていたと認めるのが相当である(したがって、このような場合、右上申を受けた警察官としては、右の時点において、ただちにその趣旨を釈明して法にのっとった告訴の手続をとるよう被害者を指導し、然る後に、立件して捜査を開始すべきであったと認められ、このような措置をとらなかった警察側の態度には疑問があるといわざるを得ないが、他方、告訴は、犯人の処罰を求める告訴権者の意思表示であって、訴訟法上、要式行為とはされていないことなどからすると、告訴権者から、警察官に対し、現に犯人の処罰を求める意思表示がなされたと見られる以上は、右意思表示をめぐる警察側の処理の手続が完全でなかったという一事から、告訴の効力を否定するのは相当でない。)。このように考えてくると、福島(第一、第二)事件については、結局において、右各被害の直後の段階において、被害者福島から所轄の千種署に対し、告訴がなされていたと認めることができるから、右事件に関する公訴提起の適法性は、辛うじてこれを肯定することができる。しかしながら、長崎事件については、被害者長崎から、昭和署に対し、翌年七月四日に至るまで、犯人の処罰を求める趣旨の意思表示と認められるものがなされた形跡はないのであって、右事件については、結局、法二三五条一項所定の期間内に適法な告訴がなされなかったことに帰着する。したがって、右長崎事件に関する公訴提起の手続は、法の規定に違反して無効であるといわなければならず、右公訴は、とうてい棄却を免れないものである。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩見秀則 裁判官 木谷明 吉村正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例